TAO的パラドックス思考

ドラマのように面白い科学史を教材に

昨日は、一日中「授業」が続いた。

●午前中、企業さんの若手社員研修講演@TAOリトリート
●午後、町営の未来塾で中学数学授業@おぐに町民センター
●夕方、支援学校生徒に知育ゲーム@サポートセンター悠愛
●夜、マンツーマンオンライン家庭教師@波多野自宅

それぞれ、対象も内容も違うが、学び手の知的好奇心をいかに刺激させるかを考えて、教材を選んだり、創作パワポを用意したりするのは手間暇かかるが心底楽しい。

旅も授業も準備が一番の醍醐味なのかも♬

学生時代、教育雑誌の「ひと」(太郎次郎社)や「たのしい授業」(仮説社)などを定期購読していたのが、今に繋がっているようにも感じる。

その二つの雑誌の創刊に貢献した科学教育者の板倉聖宣が目指したのは「自ら主体的に考えられる人間」「自分の頭で考えられる人間」の育成だった。

「自己の認識は永遠に仮説であるとする謙虚さ」
(板倉聖宣)

昨日の企業研修の講演で2時間話した内容は、科学史における定説が崩れ去った事例とメディアリテラシーについて。

科学者ではない一般人の我々も、他の人の意見や考えを広く、そして謙虚に聴きつつも、鵜呑みにせず、どこまでも盲信することなく、己自身の理性•感性の力をフル稼働させて探究し、受け売りの言葉でない、飾らない自分自身の素直な言葉で表現していくことが大切だということ。

さらに、民主主義の美名の下に大手を振る多数決の原則も時に疑い、たとえそれが少数意見であっても自ら省みてそこに真なるものを感じるならば勇気を持って貫く信念を持つ時もあるということ。

前述の私の尊敬する板倉先生は、民主主義制度の一つの特徴である「多数決原理」を「最後の奴隷制」と喝破した!

「天動説」の例に限らず、常識とされるもの、通説になっているものが真理から大きく離れるものであったことは歴史上、幾度もあったことである。

「正しいことがいつも人気があるわけではない。人気があることがいつも正しいわけでもない。」(アルベルト•アインシュタイン)

「科学的な真実は、コンセンサスでは決まらない」(クロード・アレグレ)

「自ら省みてなおくんば一千万人といえども我いかん」(孟子)

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