大学三年の頃、当時ベストセラーになった渡部昇一の「知的生活の方法」という本に影響されて、人生の師を求めるようになりました。青年期特有の「人生とは何か。人間はどこから来てどこに行こうとしているのか。価値ある生き方とは?」という人生の根本問題に頭をもたげるなか、疑問をぶつけられる人生の師匠を求めていたのです。
しかし、大学院に進んで哲学や心理学をアカデミックな世界で追求していくタイプでもなく、さりとてどこかの宗教団体に入るとか自己啓発セミナーに通うとかいった感覚は毛頭ないし、在野で普通に生活しているけれど、さりげなく深い思想を持ち淡々と実践されているようなそんな人はいないものだろうかと思うようになりました。
インドの古い諺に、「弟子の準備できた時に、師は現れる」とありますが、まさにその時、人生の師匠、信州諏訪の学育塾の堀田俊夫さん(堀田さんは、あくまで同志だと語り、先生と呼ばせませんでした)に出会いました。
(中略)
アメリカで、東洋医学・マクロビオティック研究で知られるKushi Instituteに93〜94年にかけて留学した私でしたが、あるとき日本の雑誌社から有名な「スポック博士の育児書」の著者として知られるベンジャミン・スポック博士にインタビューする仕事を依頼されました。
1946年に刊行されたこの育児書は、今日までに42ヶ国語に翻訳され、世界中で5千万部販売され、日本でも、66年に、「暮しの手帖社」から邦訳版が出版された大ベストセラーです。
英語もロクにしゃべれない私が、アメリカの小児科医の大権威にインタビューするなどできるわけがないと即座に思いました。
しかし、堀田さんにエアメールで相談すると、「梯子をかけて、二階に駆け上がり、何も考えずに、その梯子を蹴り落としなさい」との返信が来ました。師匠からの提言に従い、私は自分の拙い力量を棚上げして、そのインタビューの仕事を引き受けることにしました。
まずは、一生懸命に辞書を調べながら、スポッック博士の事務所に取材依頼の手紙を書きました。すると、数日後、スポック博士の奥さんのメアリー・モーガン夫人から電話があり、「では、ハーバード大学近くのマクロビオティックレストランで会いましょう」ということになりました。アポは取れたものの、拙い英会話力で博士にインタビューすることなど無謀極まりない計画です。
しかし、その時、威力を発揮したのが、堀田さんに仕込まれたKJ法の力です。あらかじめ、質問したい項目をラベルに書き出し、それを図解にして、それをインタビューするテーブルの上に拡げて、話しをしました。この時ほど、学育塾でKJ法を勉強していてよかったと思ったことはありませんでした。
その後、故郷熊本阿蘇に帰郷し、寺子屋私塾をしている私ですが、インタビューの仕事が次々と入るようになり、時には有名な作家さんや国連上席顧問の人、または韓国の農林大臣といった偉い人を相手にすることもあります。
しかし、スポック博士のインタビュー以来、「頼まれごとは試されごと」と積極的に思うようになり、出来ないと思う仕事にも色々挑戦しています。そして、その時々で自信がなくなったときは、堀田さんの「梯子をかけて、二階に駆け上がり、何も考えずに、その梯子を蹴り落としなさい」の言葉を思い出して、己を奮い立たせています。
人生における沢山の「智慧」を学ばせて頂いた堀田さんには、心の底から感謝しています。どうぞ、今は「堀田先生」と呼ばせて下さい。今生において、人生の師匠と思える尊敬する先生に出会えた私は本当に幸せです。(追悼論文集に寄せて 2011年)